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MISSY's Place

NYCのQueens在住MISSYのあたふた徒然日記☆ 
アメリカにきて早20年以上。私+馬好きの娘
+ハゲで横幅とってる弁護士兼LSATインストラクターの彼氏
+その息子ちゃんの4人家族。
最近は歌って乗馬してと忙しい週末を送る、
平凡を地で行く徒然日記も徒然なるまま10年以上。

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Diakonia 一年目終了
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私にとって、あっという間でしたが。

Diakonia 一年目のコースが、終了しました。

通い始める前は、一体どうなるか心配でしたが、難なくクリア。先生も、素敵な方ばかりで、クラスメイトも、いろんな意味で、恵まれていました。

最期のセクションはのテーマは、『キリスト教徒としての日常』でした。

 

キリスト教徒だから、こうしなけばならないという定義は、ありません。

 

このクラスは、クラスの開催地の教会の牧師さんが、教えてくださいました。

 

毎日、キリスト教徒に限らず、他の宗教家でも、お祈りしたりしますよね。

個人差はあっても、神の存在をなんらかの形で、信じているであれば、神様に願うことありますよね?

 

お祈りしている時、神様との対話をしていて、その事は、私と神様だけの事であり、他人の神様との関係というのは、私にとって他人事なのです。

 

だから、他人にあれこれ指図出来るのは、人間の私ではなく、神様だけ。なのです。

 

だからと言って、好き勝手するというわけではなく、信仰しているもの教えをもとに行動し、最善を尽くすよう努力しなくてはと、私は、思います。が、それを怠ったとしても、人は皆罪人であり、神様は、とても寛容なので、イエス様が、すでに代償を払ったため、すでに私たちの罪は、許されているのです。

神様は、私たちを平等に愛してくださってますから、洗礼さえ受けていれば、みんな天国にいけるのです。

その後のことは分かりません。審判が、下るのは、あの世に行ってからなのですから。

 

 

で、最終日。

クラスメイトと、テーマを話し合った中で、毎日、ありがたいと思った事を、5つ書き留めることにしたと言ったクラスメイトがいました。

 

だだ毎日、家族が健康で、とか大きい事でもいいのですが、『電車が、駅についてプラットホームに降りたらすぐ来た。』とか、『コーヒーが美味しい。』とか、些細な事でいいそうです。感謝の気持ちは、結構すぐ忘れてしまうので、あとで、あゝこんな事あったんだと、言う風におもいだせるのだそうです。

 

私も、日記もっと真面目に書こうと思いました。

 

 

とにかく、一年! 9月が待ち遠しいです。

 

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